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2005年7月10日 日曜日

大畑清隆と錦織博の対比 はてなブックマーク 登録数

[分野: レイアウト| 演出/大畑清隆| 演出] 文:bono (投稿日:2005-07-10)

映画には、人物の配置法として「プレーン・ステージング(Planar staging)」と「デプス・ステージング(dpth staging)」とがあります。前者は、狭い舞台上に人を並べたような平面的な配置。後者は、映画的というか、自然に見える立体的な位置関係のある配置。

『奥さまは魔法少女』OP観てると(『忘却の旋律』の担当回でも良いけど)、大畑清隆氏の構図からは前者の傾向を強く感じる。平面的な構図と、止めor過剰な動きでカットを重ねて見せていく。そういう意味では、氏の得手不得手が良く現れているOPかも。平面性は、必然、作り物としての印象を強めますが、僕は好きです。
一方、錦織博監督の構図は、後者の傾向が強い。立体的な構図の中で、カットを割らずに極力演技させてみせる。

こうして見ると、監督・監督補として組むこの2人の映像の個性は、真逆といえますね。それ故に補い合える関係なのかも。

050710-1.jpgOP(絵コンテ・演出:大畑清隆)
(あまり見られる機会が無いのが残念ですが、)絵コンテそのものを見ても、2人は両極端。大畑氏の絵コンテは、原画も描く人のそれらしく、非常に端整です。それでいて、アニメーターの絵コンテに見られがちな無機質さはなく、妙な味がある。細かい注意書きも面白いです。
執拗なBANKの挿入と、繰り返されるシークエンスは、突き詰められた平面構図と同様に、細かい設計の上にあることが分かります。

050710-2.jpg第1話本編(絵コンテ・演出:錦織博)
錦織氏は、(奇しくも、先日書いた武山篤氏と同じく)撮影の出身。だからなのか、何なのか分かりませんが、絵コンテは滅茶苦茶ラフです(笑)。かろうじて何が描いてあるのか分かるレベル。酷い言い方をすれば、殴り書きです。でも、ある種ナチュラルな画面の印象は、その賜物で。作りこみ過ぎることなく、一定レベルの映像を構築できる才能によるところが大きい。
『忘却の旋律』最終回の絵コンテなんか見ると、本当に最低限のことしか描かれていないのですが、それでもきちんと、あの美しい映像の要素は揃っている。凄いです。
以下のような発言を読むと、コンテの線が走りまくっているのも納得。

小林治「(『BECK』の担当コンテ数が多かったのは)2日とかでコンテ描ける人間って、自分しかいなかったんで。例えば錦織(博)さんとかなら2日で描けると思うんだけど、そういう人たちは忙しくてやってくれなかったから。」(『アニメージュ』05年6月号)

この記事のURL:http://xn--owt429bnip.net/2005/07/staging.php

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