下流社会にあてがわれるオタク趣味

最近、「日本社会が階層化した(or する)」という研究と、「オタク趣味が一般化した(or する)」という現象が、時を同じくして存在しています。この2つって、別々に語られているように思いますが、多分リンクしていますよね。
マスコミがいくら「オタク、オタク」煽ったって、それを受け入れる土壌が必要で。それは何かといえば、貧乏ですよ。
一昔前に比べて、オタク趣味のコストパフォーマンスは良くなる一方。漫画は一冊100円から買えるし、レンタルビデオも一本100円から借りられる。そして、ソフトの供給は止まらない。従来的な、大人向けの金のかかる趣味から、半永久的に目をそらし続けることが出来る。また、「一時の楽しみ」としての消費だから、多くはそれを極めようとは思わない(目的が違う)。
…というようなことを、最近考えてます。
(追記)<この話題に言及したサイト>
・あんていなふあんていダイアリー(11/8)
・ARTIFACT―人工事実―:オタク趣味は金をかけなくてもできるようになった
・caprinのヲタ更正日記(11/9)
・Dog House Blog:アニメ創って貧乏な人達と、貧乏だからアニメを観てる人達
・模型帝國別館(11/10)
・Operation:Mindcrime: 階層化社会とオタク趣味
・CLick for Anti War (11/13)







ここらへんは自分も考えてました。金あったらジムに通って、たぶん海外旅行とか行ってスキューバなんかやってるかもしれないと思いますよ(笑)
コメント by たけしと — 2005年11月7日 月曜日 @ 9:05
絶対そうだと思います(<偏見あり)。
『電車男』が「オタクも悪くないよ(まともな良い男には手が届かないし)」というのを示したのと同様で、「アニメも観てみると面白いね(どうせ海外旅行には行けないし)」ということかなと。
食玩集めたり、メイド喫茶に行ったりというのも、金銭面に注目すれば非常に安価な遊びですよね。
コメント by bono — 2005年11月7日 月曜日 @ 12:32
ヲタの下層社会化とはいっても、
地方的には、必ずしも悪くないと思いますが。
実際、ここ十年で荒廃したのは都会ではなく地方ですし、
貧困層が増えているのも地方のように思います。
レストランにいき、ジムにいって、リゾートを楽しむ。
都会のヲタは、そういうリッチな生活に
コンプレックスがあるのかもしれませんが、
田舎には最初からそれ自体与えられていないわけで。
そうした文化的貧しさをフォローするために
安価なヲタ文化が果たす役割は小さくないと思います。
まぁ、最大の問題は情報コストを劇的に下げるネットが、
まだまだ地方に普及してないことなんですけどね。
私の実家(県庁所在地まで車で20分程度です)には
まだADSLさえ来ていないわけで。
本当に必要としている人たちにヲタ文化が届いたとき、
それはもう一度変わることができると思います。
コメント by 匿名 — 2005年11月10日 木曜日 @ 3:11
多分、言わんとしていることは僕と同じだと思います。
>文化的貧しさをフォローするために
>安価なヲタ文化が果たす役割は小さくないと思います。
「文化的貧しさ」を、田舎固有の問題と考えていませんか?都会に住んでいても、文化的豊かさを享受できない層がある、ということを考慮すれば分かって頂けるかと。
コメント by bono — 2005年11月10日 木曜日 @ 19:59
こんにちは。
オタク・腐女子趣味は格差社会を肯定、隠蔽する、というテーゼは正しいかもしれないなあと思っています。現実をみたくない下流の若者、見せたくない国家管理者側、双方にとって まことに都合のよい話であります。日経やらNHKが本腰をいれだしたあたりと格差拡大が一般に気づかれだした時期は同じくらいでしょう。
日本のアニメ・マンガは世界一だ、なんてゆうナショナリズムも隠蔽に一役買っているのでしょう。心理的には ポストボダンの参照点なき無限の自己言及に疲れ果てた実存が受け入れる宿命的人生観の支配ということでしょうか。
一方、それを反映したアニメ・マンガの内容に見る格差社会、というテーマもどなたか考えて下され。アニメ・マンガに描かれる貴族制社会、やエリートキャラ、の扱われ方 どうだったんだろう、どうなってるのか、と、思っています。
ファーストガンダムでは、敵キャラの属する社会が貴族制社会として 物語的には一応は否定的に扱われていたはずでした。ところが視聴者側の萌え目線でみると ファッションを含め敵キャラのほうがかっこよくて人気があったりした。内面的にも 味方キャラのほうが自省に疲れ果てるところが 妙に視聴者的には自分に言及されているようでやはり疲れたのではないか。
銀河英雄伝説になると 良い独裁制・貴族社会もありうるんではないか と錯覚させるほど 腐れ貴族制度や腐れ民主主義を共に否定する若き貴族群像が明確な製作者意図をもって魅惑的に描かれました。ため息まじりに正しい民主主義について考えつづけるキャラこそ一応主役のはずなんですが、なんだかさえなかったなあ。
自省する良心的民主キャラよりも ちょい悪でも決断主義的革新的貴族・エリートキャラのほうが 魅力的、という構図は 今年も デスノート や コードギアスにも受け継がれてますね。
拙者が好きな小品として パンプキン・シザーズがあります。これは 戦災復興を任務とする、貴族出身のアリス少尉ひきいる小隊の物語。アリスが強烈なノーブレス・オブリージの持ち主というのが魅惑の貴族性と民主主義の妥協案的でおもしろい。かれらの乗り物やファッションがナチス風というのが あっと言わせます。善玉ナチス?やっぱ やっぱ、やばいすかね(笑)
コメント by rainywoods — 2006年11月6日 月曜日 @ 17:41