2006年1月21日 土曜日

自分にとって何が新しかったのか はてなブックマーク

[分野: 未分類] 文:bono (投稿日:2006-01-21)

先日書いた「階層化するアニメファン」に対し、幾つかの反応があった。その殆どが「作画マニアなんて昔から居たよ」という意味合いの一言コメント。「そんなことが言いたいんじゃないんだよ!」とイライラした想いを抱えつつ、mixiで色々な人と対話しているうちに、少し考えが進みました。前より核心に近づけたと思います。

工場に例えてみよう。工場(=作画ファンの存在)と製品(=作画ファンの書いた雑誌記事・同人誌)は昔からあった。製造工程は分からないが、製品を手にシャッターの下りた工場を外から眺め、「きっと自分には手が届かない設備が整っているのだろう」と考える。「プロだから…」とか、「業界とのパイプがあるから…」「レアな資料が手に入る環境にあるから…」という想像ですね。

ところがネット時代になって、工場の中身(=作画の検証プロセス)が公開された。作画ファンの日記を読めば、毎日リアルタイムに検証が進んでいく。「この場面は○○さんではないか?」。それが必ずしも「自分には手が届かない設備」ではないことが分かってしまった。環境においては自分と大差がない。同列である。しかし…。ここで始めて「劣等感」という感情が湧いてくる訳です。(「環境において同列である」ということにまだ気づいていない人は幸福です。)
脳内の作画データベースを駆使する「目利き」の技術は勿論、検証の進む「速度」が訴えかけるインパクトも強烈だった。確かに、作画マニアは昔から居た。でも、この種の衝撃が大規模に波及したのは、ネット時代特有の現象ではないかと思います。

工場で働いている人、工場の近所に住んでいる人は「昔からこうだよ?」と思う。いや、そんなことすら思わないだろう。変わったという認識がないのだから。
でも、それ以外の大多数にとっては大きな変化。中でも、それを自分の問題として捉える人にとっては、大変な衝撃である訳です。
今になって、同時多発的に作画問題で悩む人が現れた(ように僕には見える)のには、やはり意味があったのだと思う。「素人による作画検証プロセスの公開が新しかった」。これだ!(多分、つづく)

(つづき。幻視球:自分にとって重要なことは

この記事のURL:http://xn--owt429bnip.net/2006/01/sakuga.php

コメント (この投稿へのコメントの RSS フィード。

コメントはまだありません。

コメントする

Line and paragraph breaks automatic, e-mail address never displayed, HTML allowed: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>

(必須)

(必須)


WordPress 3.0.1