1983年のアニメバブル

次に引用するのは、1984年の雑誌記事。制作本数が史上最多(当時)を記録した、83年度のアニメ界を振り返ってのもの。
当時「バブル」という言葉は無い訳ですが、現状と非常に似ています。いや、似ていますっていうか…。
(略)もちろん、ファンにとっては、アニメ本数が多いというのは基本的に歓迎だろう。(略)
しかし、製作現場ではたとえば、作品傾向に合わせてスタッフを選ぶこともできない、という状態になる。ちょっと描ける人だったらすぐ原画、作監にしなければ本数をこなせないのも現状だ。新人をジックリ育てるのはムリだ。(ただ、若手のイキのいい人が、いきなり実作できたえられるという利点はある)
これでは、なかなか時代をリードするような作品は生まれづらいだろう。いずれにしても、メインスタッフ・原動画・彩色・撮影そして制作進行など、全関係者の異様なガンバリにより、どうやらこうやら“穴”もあかずに放映されているのが現状である。(『アニメージュ』1984年2月号)
「問題点」から「憂い方」まで、書いてある内容が100%今と一緒…(笑)。
記事は、「時代をリードするような作品は生まれづらいだろう」と予測しています。が、皮肉なことに84年は劇場アニメの当たり年となる。『風の谷のナウシカ』(宮崎駿監督)・『ビューティフルドリーマー』(押井守監督)・劇場版『超時空要塞マクロス』(河森正治監督)が公開された。つまり、アニメ史に残るこれらの劇場大作は、粗製濫造が極まる(とされる)バブル的盛り上がりの中で生まれたことになる。(つづく)







バブル・大量生産悪玉論はよく言われますが
経済統計を使うとバブル期の投資が技術進歩や経済成長の源泉になっていたという研究はけっこうあります。お金が余った結果、無駄な物や自由度の高い物にまで予算が回ってたりするんですよ。
文化もそうなのかもしれませんね。
コメント by なじか — 2009年8月10日 月曜日 @ 3:34
不況だと「見積もり」「見積もりで」、余計なことをやらせて貰えない現実はありますね。失敗から反面教師的に得られることもあるですし、確かに、量産できる余裕が新しい文化を生む側面はあると思います。
コメント by bono — 2009年8月12日 水曜日 @ 21:28