2006年6月29日 木曜日

『ドリームハンター麗夢II』スタッフリスト はてなブックマーク

[分野: アニメスタジオ|アニメアール| 投売りOVA] 文:bono (投稿日:2006-06-29)

060629.jpg 1986年作品。終盤のアクションは、大変見ごたえがありました。

今回、これ(←)をスキャナで取るために、ビデオケースからパッケージの紙を抜き出してみたのですが。驚いたことに、裏面に奥田総監督のコメントが印刷されていました(笑)。良く言えば凝ってますが、普通、そんなところまで見ませんよね…。

原作・総監督:奥田誠治
脚本:裕木陽
監督:長尾粛
作画監修:谷口守泰
キャラクターデザイン:アニメ・アール
作画監督:逢坂浩司、井上あきら
原画スタッフ:谷口守泰、上井康宣、井上哲、小森高博、野中みゆき、山田香、柳沢まさひで、糸島雅彦、佐々木かずひろ、貴志夫美子、寺田浩之、沖浦啓之、浜川修二郎、逢坂浩司、坂田利幸、浜崎賢一、アニメ・アール、龍プロダクション

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ドリームハンター麗夢 DVD-BOX 1 ドリームハンター麗夢 DVD-BOX 1
松井菜桜子 内海賢二 銀河万丈


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ドリームハンター麗夢 DVD-BOX 2 ドリームハンター麗夢 DVD-BOX 2
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2006年6月26日 月曜日

『涼宮ハルヒの憂鬱』EDコンテ集 はてなブックマーク

[分野: 演出|山本寛] 文:bono (投稿日:2006-06-26)

060626.jpg 0巻限定版には、特典として「ED絵コンテ」が付いていました。

演出ファン的な見所の1つは、歌詞の横に添えられた(音楽の)休符。こういう演出指示は、珍しいような…(笑)。
「あ、そ、ぼ」の左上の記号が、8分休符。カット割が、歌詞のタイミングとイコールではない(一呼吸早く)という意味かな?そして、「う!」の下のコマが、4分休符。

(参考) Wikipedia:音符:休符の一覧

2006年6月25日 日曜日

オープンソースの陰画、ネットと鑑賞 はてなブックマーク

[分野: オタク時事] 文:bono (投稿日:2006-06-25)

『涼宮ハルヒの憂鬱』というアニメが人気で、毎回の放送直後に、ファンが猛烈な勢いで感想をネットに上げている。元ネタの指摘から、解釈の仕方に至るまで、あらゆる角度から一斉に消費される様が、まるでピラニアの餌食のよう。あっという間に食い尽くされていく。
そんな状況に対して、何だか釈然としない気持ちがあった。でも、よくよく考えれば、これも「オープンソース現象」の一つか。

ネットを通じて、ボランティアで有益なソフトの開発が進むなんて、僕の価値観からすると全く理解できない(<ケチで利己的なので)。でも、それに近いことが行われた結果、『涼宮ハルヒの憂鬱』というアニメは、無償の参加者によって解釈を阻害する「問題」が次々と解決されると共に、得意分野の知識を提供しあって、鑑賞に役立つTipsが積み重ねられていく。

ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる
梅田 望夫
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「オープンソース」とは「知的資産の種がネット上に無償公開されると、世界中の知的リソースが自発的に結びつき」しかも「集権的リーダーシップが中央になくとも、解決すべき課題に関する情報が共有されるだけで、その課題が次々と解決される」という原理原則に基づき、複雑な構築物でも開発できるという発見を意味していた。(梅田望夫『ウェブ進化論』より)

『新世紀エヴァンゲリオン』ブームの時は、数ヶ月かけてじわじわと「解釈」や「ヒント」や「答え」が出た。中でも、特に有益な情報の提供は、プロのライターと出版メディアの商業活動として行われた。つまり、お金を生む行為なんだけど。
方や『涼宮ハルヒの憂鬱』は、「複雑な構築物の解体」を目的とする開発的行動が無償で行われ、翌週には細部まで検証され尽くす勢い。

ネット時代の「オープンソース現象」は、巨視的に見れば「益」に分類されるはず。だけど、こと作品の鑑賞という分野においてそれが行われるのは、何か割り切れない(笑)。最早、避けられない事態であることは理解できるけど。創作物を、そんな猛スピードで消費して良いのだろうか。勿論、違和感はこの作品に限らない。

(※後日、本文で用いた「オープンソース」が、本来の意味とはズレているとの指摘を受けました。詳しくは、コメント欄を参照下さい)

(追記)<この話題に言及したサイト>
credo ut intelligam:続「神作画」とは何か?:追記の追記

2006年6月23日 金曜日

『NewBridge』他 はてなブックマーク

[分野: 同人| 演出|山本寛] 文:bono (投稿日:2006-06-23)

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(1995年〜1996年発行/京都大学アニメーション同好会)

某所にて購入、各100円。京大アニ同の機関誌『NewBridge』「95年9/10月号」、「95年11/12月号」、「96年1/2月号」。まさか、このタイミングで古書市場に出るとは。しかも100円(笑)。
注目の山本寛氏は、連載「網膜残像の交響楽」(アニメレビュー)を中心に、単発記事を少し担当。(後で書き足すかも)

ついでに、昔買った山本氏関連の同人誌を紹介。

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大百科フォーマットのパロディ同人誌、兼『怨念戦隊ルサンチマン』の関連本。監督インタビューを掲載。

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杏代社/MIRROR編集部発行のアニメ評論同人誌(Vol.5にも執筆?)。東映動画&スタジオジブリの足跡に関する学習成果のまとめ。

『涼宮ハルヒの憂鬱』#12、違和感の演出 はてなブックマーク

[分野: 演出|山本寛] 文:bono (投稿日:2006-06-23)

 今回は一部、首をかしげる展開がありました。ヒロインが「らしくない行動」を起こし、それに呑まれて主人公も普段のスタンスを逸脱した。これらは作品の雰囲気を崩しかねないくらいイレギュラーな出来事であった訳だけど、本当に外してしまったのだろうか?(結論から言うと、違う)

 #12には、カメラがイマジナリーラインを越える場面が2ヶ所ありました。(下図(1)、(2))
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 図(1)は、(画面の奥の方で)ハルヒがライブの代役を買って出る場面。図(2)は、物思いに耽るのを止めて、自己中心的な振る舞いを始める場面。これらは、違和感の元となる「ハルヒらしくない行動」のちょうど始点と終点にあたる。その2点で、敢えて文法から外れたカメラワークが用いられた(※)。他の場面とは明らかに区別して見せている訳だけど、その理由は何か?といえば、この出来事の位置づけを明確にするためだと思う。

 文化祭の熱狂の中で、劇中の人物たちは誰も、自分自身のおかしさに突っ込みきれていない。が、映像は、カットの繋ぎによって「これはイレギュラーな出来事ですよ」と断っている。物語に干渉しない観察者として、「ありえない出来事」を「ありえない出来事」のままに見せている。違和感を覚えるべき場面を、違和感を覚えるように描いている。演出的に正しい。

 誰もが我を忘れてしまっている状況。文化祭の魔力に呑まれて、浮かれて、柄にも無いことをしてしまって、でも最後には普段の姿に戻る。結局は元のレールに戻ってくるのだけど、だからと言って何も起こらなかった訳ではない。そんな揮発してしまう一瞬の揺れを、上手く描いていたと思う。

 (※山本寛氏が、日常的にイマジナリーラインを守る演出家であるかどうかはさておき、今回は「守り」且つ「破る」ことで、上手く活用した。)

(追記)<この話題に言及したサイト>
小野マトペの業務日誌(アニメ制作してない篇):宮崎吾朗の想像線。

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