『ゲド戦記』関連インタビューを読んで

『ゲド戦記』関連のインタビューを追っていくと、それぞれの言い分が半歩ずつずれているように感じられる。
始めに違和感を覚えたのは、宮崎駿監督を説得した際のやりとり。吾朗氏による『ゲド戦記』のイメージ画、それをたった一枚見せたことで、「監督には不向きである」という反論を封じてしまったエピソード。
(以下、引用内の太字は僕)
スタジオジブリ:特別企画:雑誌『インビテーション』4月号採録 「鈴木プロデューサー ゲド戦記を語る(1)」
そのときもまだ吾朗君の監督に反対していた宮さんに、その画を見せたんです。
そうしたら、彼は黙ってしまいました。つまり、宮崎駿は横位置の構図で、こういう画を描いたことはあるけれども、縦位置で描いたことがなかったんですね。見た目はそっくりだけれども、アングルが違う。これは効果があると僕は思って、吾朗君に描かせたんです。確かに絵を見て彼は唸りましたね。
鈴木プロデューサーが“描かせた”絵で、吾朗監督の器を伝えるというのは、少し妙です。
以下、気になった点をいくつか。
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Invitation 2006年 08月号 [雑誌] by G-Tools |
●原作訳者の安心感
『INVITATION』8月号から、『ゲド戦記』原作訳者の言葉。
(略)昨年12月に映画化の正式発表があったでしょう。そこで内容は第3巻が中心で、第4巻を少し入れると知りました。その瞬間、私は大丈夫だと感じました。なぜかというと、吾朗さんには第3巻を選ぶ内的な必然性があると感じたからなんです。
果たして「内的な必然性」から決定されたのだろうか?再び鈴木プロデューサーインタビュー。制作スタートに当り、監督にイメージ画を発注するジブリの慣例について。
それで吾朗君を呼んで「画を描いてくれ。」と頼んだんです。
その時点ではまだ、何巻を映画化するかの決定はしていなかったんですが、彼の態度はハッキリしていました。
「何巻をやりますか? 僕はプロデューサーの決定に従います。」と。
●「初めての絵コンテ」伝説
彼のやることを高見の見物していた某有力スタッフは、コンテを見てビックリして、僕ところに“できるもんですねえ”と感想を言いにきました。(『INVITATION』06年8月号より)
各所で繰り返された鈴木敏夫氏の言葉。記事によっては、絵コンテを褒めた声として、庵野秀明氏や、大塚康生氏の名前が挙がった。俄然、期待は高まる。
さて、次に引用するのは、実際の制作工程に関する、宮崎吾朗監督の言葉。自分には絵コンテは描けない、と前置きして。
ピクサーがやっているように、カードに絵と台詞だけを描いていって、できたものからズラッと並べる。このやり方なら僕にもできるんです。ある程度描いたところで壁に貼ると、スタッフがそれを読む。(略)。山下(明彦)さんは“これ、このまま絵コンテになりますよ”と言って、順番に切り貼りして絵コンテ用紙に貼ってくれましてね。必要なことを書き加えて、こうしたらもっと良くなるよという部分を変えてくれました。(『INVITATION』06年8月号より)
●宮崎駿責任監修
宮崎吾朗監督で制作を進めるにあたって、原作者に許諾をとりつけに出向いた際のやりとり(鈴木プロデューサーインタビューから)。まず、宮崎駿氏自身が発した言葉。
スクリプトに関しては自分が責任を持ちますから、映像化を許諾してもらえませんか?
しかし、その数行下には、こうある。
結局、シナリオのチェックはしなかったんです。
…無茶苦茶だ(笑)。
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