2006年8月1日 火曜日

映画『ゲド戦記』とコミュニケーション手段の優劣 はてなブックマーク

[分野: 演出] 文:bono (投稿日:2006-08-01)

 封切り2日目に観てきました。
 前評判のように、「台詞」が大変くどかったです。それはもう滑稽なほどに(笑)。
 一方で、「台詞」と対であるかのように「文字」の存在が際だって希薄でした。

 「文字」は、異世界モノの花形的小道具の1つ。ましてや魔法の世界ですから、おどろおどろしい記号が踊っていても不思議ではない。しかし、映画『ゲド戦記』の舞台を思い返してみれば、華やかな街路に文字はあったか?無い。商品に値札は付いていたか?無い。悪党の去った後に、書き置きは残されていたか?これも無い。伝えられるべきことは、すべて住民同士の会話によって伝達されました。

060801.jpg 試みに、パンフレットから劇中の「文字」を探してみましょう。すると、たった1コマだけ、彫像のプレートにこの世界の文字を見ることができる。(パンフレットの一部なので、日本語のコピーが載っていますが、無視してください。)それが、よりによってこの場面なんですね(笑)。「刃物の切っ先」によって他人とのコミュニケーションが図られる、代表的なディスコミュニケーションの場面。意思の疎通において、「書かれた言葉」は、ナイフと同等に無力だと言わんばかりに。(現代社会においては、碑文よりも印刷物よりも、ネットの「書かれた言葉」を連想してしまいますが)

 「真の名」の設定を持ち出すまでもなく、言葉を口に出すことの意味に重きを置いた映画なのだろうなと感じました。そうであれば、台詞の多さも手段の内。あとの課題は、洗練の度合いかなと。

この記事のURL:http://xn--owt429bnip.net/2006/08/ged.php

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