ノベルゲーム立ち絵の巧拙問題

J& blog:竜騎士07の絵はうまいかどうかという話について
この問題には少し興味があるので、一筆。
一昔前にも、Keyのゲーム(『Kanon』や『AIR』)をめぐって同様の諍いががありました。自分の周りでは最後まで平行線だったけど、そのときも「上手くはないが、良い絵である」という言質が、最後の砦として機能していた。そう言われて、反対派が渋々活動を停止していく中で、凄いことを言った人が居た。「テキストを読むゲームだから、絵はさほど気にならない」と。これは鋭い意見じゃないだろうか。
<テキストの処理に忙しくて、脳のリソースが不足する可能性>
これは読んで字の如くなので、説明省略。
<そもそも脳が「絵」と認識していない可能性>
僕は2ちゃんねるの文章が好きで、よく読むのだけど。例えばアスキーアート(以下、AA)に対して「デッサンが狂ってる!」と感じることは、まずない(<無論、全てのAAはデッサンが取れている、という意味ではない)。脳が認識する上で、どうもそういう審査に引っかからないみたい。あるいは、顔文字に対して「人間の顔の骨格はこうじゃない!」とも思わない。
理屈としては、それと同じだと思うんだけど。どうやら「世の中には、脳のデッサン審査プロセスをスルーしてしまう種類の絵があるようだ」。
<(絵の巧拙は置いておいて、)良いデザインである可能性>
優れたデザインの「記号」として評価しているのであって、「絵」としては見ていないのではないか。絵と認識していない造形を、絵の評価軸で図ろうとするから、話がこじれるのではないか?
現在の自分の考えは、こんなところ。
ちなみに、『ひぐらしのなく頃に』に関しては、僕も原作のグラフィックが一番好きです。





