『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』、スタイルの取捨

予告映像のインパクトに負けて、初日に観てきました。
(※9/3追記:はてブにて間違いを指摘されたので、少し修正)

全編通して、個人的に一番驚いたのは、「綾波が走る場面」。カメラは引き気味で、ロングのショット。決して強く主張する映像ではなく、映画のダレ場に織り込まれた、さりげないひとつの動作に過ぎない。しかしながら、画面から受けた印象は鮮烈で。
1つは、旧作で築かれた「人形じみた、極度に静的なイメージ」からの逸脱が感じられたこと。事前の雑誌記事で、「他の作品に真似されまくった『新世紀エヴァンゲリオン』のスタイルは捨てる!」と宣伝されていたけど、「極太明朝体」以上に真似されまくったのが、綾波レイの人物造形な訳で。「あぁ、そこにもメスを入れるつもりなのかな」と。
もう一つは、そのような(重要な)印象の変化が、(目立たせるまでもない)瑣末な描写の中から感じられたこと。
いずれも、主観的な問題だけど、映像に引っかかるものを感じたのは事実なので、備忘のために書いておく。
使徒のビジュアル的な凄さに関しては、確実に他の人が書くので、ここでは省略。敢えて触れるならば、映画パンフレットに使徒の没案(渡部隆氏による<四次元立方体>)が紹介されているので、渡部隆ファンは要チェック!ということだけ。








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