2008年5月13日 火曜日

Calling himself “OtaKing” はてなブックマーク

[分野: オタク時事] 文:bono (投稿日:2008-05-13)

 「岡田氏の事実誤認はいつものこと。放っておけば良いよ!きっと大した影響も無いよ!」との感想を頂きました。そうか、僕の考えすぎか!

◆Sayonara Mr. Fatty
 ところで話は変わりますが。ニューヨークの日本文学専門出版社・VERTICALが、11月にダイエットに関する本の出版を予定しています。

Sayonara Mr. Fatty: A Diet Memoir
Okada Toshio


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 海外の書籍販売サイトの解説によると、筆者は、「famous Japanese pop culture “Geek”」の「Okada Toshio」さんとのこと。自称・オタキング(Calling himself “OtaKing”)先生の著作、ついに世界進出!凄い!凄く怖い!

 ダイエット話だけなら、別に構いません。ただ、デタラメなオタク知識を海外でも流布し始めたら…と思うと、収集が付かなくなりそうで、心配です。
 …考えすぎか!

2008年5月8日 木曜日

オタクの歴史は誰のもの? はてなブックマーク

[分野: オタク時事] 文:bono (投稿日:2008-05-08)
オタクはすでに死んでいる (新潮新書 258) オタクはすでに死んでいる (新潮新書 258)
岡田斗司夫


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◆自称・オタキングの最終結論、これが「オタク」だ!
 オタク評論家としての地盤に加え、ダイエット本でお茶の間への影響力を手に入れた、岡田斗司夫氏の最終結論。オタクとは何だったのか?その答えがこれです。

異論はあるだろうが、あの瞬間、オタクという民族は生まれたのだと、僕は思っている。(『オタクはすでに死んでいる』P.182)

 「あの瞬間」とは何か?岡田斗司夫氏ら(※)が主催した「第20回SF大会・DAICON3」が成功した瞬間だと言うのです。

 そんなばかな(笑)!いや、笑っている場合ではありません。

 これって、遠まわしに「俺がオタクの生みの親の一人だ」と書いてあるんですよ?そんなの、「話芸」の域を超えて、歴史の捏造ですよ!今まで「漫画・特撮・アニメと共に育ったオタクの歴史」を語ってくれた岡田さんはどこに行ったんだ!

 それでも、「異論」は認めるという。

 しかし!彼は、日本で最もお茶の間受けするオタク評論家として、今後「オタク知識」の限りなくゼロに近い人々へとターゲットを移し、TV へ雑誌へと進出して行くことでしょう。上記のようなスタンスで!オタクに承認された(ことになっている)元・オタキングとして!そこでは、誰が異論を唱えるって言うんですか?

(※岡田斗司夫氏ら…DAICON3実行委員会=関西学生SF研究会連盟と各大学SF研有志)

◆『オタクはすでに死んでいる』「あとがき」要約
 オタクは死んだ!今からオタクの歴史を総括する!俺こそがオタクの生みの親の1人だ!親として悲しいけど、みんな頑張ろうね!葬式を出すのは辛いけど、僕は「大人」だから、この辛い役割を黙って引き受けるよ!世界に誇る日本のオタク文化論、ここに完結!あ、明日からオタク語り禁止ね、もう結論出ちゃったし!オタクは滅んだし!そもそも、君たち、オタクのこと良く分かってないみたいだし!

 …こんな終わり方、認めて良いんですか?(※本当にそんな酷いことが書かれているのか。真実は自分の目で確かめて下さい。)

(もう一回だけつづく)

2008年5月7日 水曜日

自称オタキング逃亡事件 はてなブックマーク

[分野: オタク時事] 文:bono (投稿日:2008-05-07)
オタクはすでに死んでいる (新潮新書 258) オタクはすでに死んでいる (新潮新書 258)
岡田斗司夫


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◆感想の前に
 『オタクはすでに死んでいる』は、「オタク文化」の死について書かれた本です。

オタクとマニアの違いは何か?それは「民族であるか、ないか」です。「オタク文化」という言葉はあるけれども、「マニア文化」という言葉はない。(『オタクはすでに死んでいる』P.159)

 しかし「オタク文化」は、10年前、同じ筆者が作った言葉です。

東大オタク学講座 東大オタク学講座
岡田 斗司夫


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(略)僕は学生たちにいきなり、「よし、今度は『オタク文化論』だ!!」と宣言した。『オタク文化論』この言葉に、まわりの学生たちも僕も、ゲラゲラと大笑いした。まず「オタク」と「文化」が合わない!しかも、それに「論」がついている!!に、似合わない、似合わない!!みんな大喜びしてくれた。(1997年発行『東大オタク学講座』あとがきより)

 「1997年に提唱された概念(オタク文化)」が死んだと言う。殺したのは、2000年代に入って台頭した「萌え」らしい。「オタク文化」の実質的な寿命は3年間ですか?
 
◆『オタクはすでに死んでいる』を読んで

 読みながら頭に浮かんだのは、ヴァレンヌ逃亡事件でした。

 革命の機運を嫌い、国王ルイ16世が国外逃亡事件を起こす。それまで多数を占めた国王擁護派(「王様には恩があるし、革命後も名誉職として残しておけば良いんじゃない?立憲君主制ってことで!」)も呆れ果て、「王なんて別に要らなくね?ガチ共和制で良くね?」へと世論を急変させた事件です。そして王は処刑台へ。

 岡田斗司夫氏が90年代後半に果たした役割は大きい。オタク内外へのスピーカーとなって、オタクのコンプレックスを軽くしてくれた。最近は「首をかしげざるを得ない発言」も多いけど、「自称・オタキング」には恩がある。突飛な発言も、「自称・オタクの王様」の芸風ってことで良いじゃない。大先輩の言動、目くじら立てずに暖かく見守っていこうよ!と思っていた。

 でも、読後に考えが変わった。オタク業界から逃げるだけならまだしも、井戸に毒を投げ、民家を焼くような焦土作戦。国土をメタメタにした上での逃亡、それがこの本から受けた印象でした。対外的な影響力があるだけに性質が悪い。

 例え王様のことが好きでも、大恩があっても、芸人として面白いと認めていても、オタク圏外への意思表示として「処刑」は必要だったのかもしれない。(つづく)

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