第1期・東小金井村塾の記録

桀紂屋(ketchu):BONES新作『亡念のザムド』は宮崎アニメになるか?
面白い角度から切り込んだ『亡念のザムド』の紹介。推測部分に関しては、当時の雑誌記事が参考になる。

鈴木敏夫「それで近藤(喜文)さんに続く新人演出家を育てようと、ジブリは1995年春、アニメーション演出塾「東小金井村塾」を開講したんです。ジブリの中で毎週土曜日の午後4時から10時までぶっ続けで講義です。(略)。320名ぐらいの応募があって、16人選抜しました。」
森卓也「まったくの外部ですか。」
鈴木「そうです。内部からも応募があるかと思ったんですけど、誰もなかったですね。ま、やりにくいという面もありますよね(笑)。」
(キネマ旬報臨時増刊『宮崎駿、高畑勲とスタジオジブリのアニメーションたち』より)

(略)「アニメーション映画の21世紀を目指して、若き演出志望者よ来たれ!!」との呼びかけに320人が応募、(略)。映画作品をテキストに高畑塾頭の話を聞くわけだが、鈴木敏夫プロデューサーの講義があったり、塾生同士が深夜まで映画について語り合ったり、と若い世代の才能を育てようとするスタジオジブリと、それに応えようとする塾生たちの熱気に、今後大いに注目したい。
(『コミック・ボックス』1995年9月号より)
ジブリの若手育成がいかなる手段によってなされたかは不明だ。しかしながら、その苛烈さを想像するヒントは、身近にある。アニメファンは、フィルムを介して、ジブリの教育思想に触れているからだ。
例えば『耳をすませば』。「目的意識の欠如した若者たちよ、これくらい頑張れ!」と無邪気に放たれるエールと、それを受け取る若者たちとの間に横たわる、埋めがたい溝。こころ弱き者は、フィルム越しの教育ですら心を破壊されてしまう(※)。ましてや…。
(※冗談です)





コンビニで見かけて、度肝を抜かれました。凄い発想。
『ゲド戦記』関連のインタビューを追っていくと、それぞれの言い分が半歩ずつずれているように感じられる。

