2009年11月2日 月曜日

アニメ雑誌の「金田伊功 追悼記事」発言者まとめ はてなブックマーク

[分野: アニメーター|金田伊功] 文:bono (投稿日:2009-11-02)

 「何故○○さんのコメントを取ってこないんだ!」系の苛立ち発言を頻繁に見かけるので、掲載情報をまとめました。「実は別の雑誌で発言している」ケースが多く、どうも情報が、届くべき人に届いていないように感じたので…。


『月刊アニメージュ』10月号 追悼 金田伊功

B002MAIRLK アニメージュ 2009年 10月号 [雑誌]
徳間書店 2009-09-10

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氷川竜介…鮮烈なるオープニング/金田伊功が日本に遺した5つのアニメ技法/初の作画監督、メカ修正/劇場に昇華するスペクタクル/スタジオジブリの原画頭/オリジナルと多彩な作品群/AM(アニメージュ)を彩った金田伊功
・主要作品リスト
・追悼メッセージ(越智一裕、今石洋之、鍋島修、飯島正勝、山下将仁、貞光紳也、富沢和雄、野田卓雄


『月刊アニメージュ』11月号 追悼 金田伊功 PART2 金田星を仰ぎ見て――

B002PIHHQA アニメージュ 2009年 11月号 [雑誌]
徳間書店 2009-10-10

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・『金田伊功を送る会』レポート
・登壇者から贈る言葉(野田卓雄、友永和秀、亀垣一、平山智、本橋秀之、りんたろう、庵野秀明
・追悼メッセージ(亀垣一、本橋秀之、佐藤千春、羽原信義、金田牧子、芦田豊雄、板野一郎、井上俊之、片淵須直、片山一良、高坂希太郎、金春智子、佐藤好春、首藤剛志、高橋良輔、高畑勲、辻真先、平野俊貴、平山智、本郷みつる、前田真宏、森本晃司、安彦良和、結城信輝、わたなべひろし
村上隆…金田さんの大いなる遺産


『アニメージュオリジナル』Vol.5 特集・金田伊功

4197202822 アニメージュオリジナル Vol.5 (ロマンアルバム) (ムック)
アニメージュ編集部
徳間書店 2009-10-31

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・【対談】井上俊之×磯光雄
・『無敵超人ザンボット3』原画集(カラー2ページ)(→もっと原画が見たい人には『20年目のザンボット3』がオススメ)
・【対談】橋本敬史×村木靖 対談
小黒雄一郎…「アニメの夢」はまだ醒めず
・【別冊付録】『金田伊功Special SELECTED EDITION』(カラー16ページ)


『オトナアニメ』Vol.14 追悼:金田伊功

4862484867 オトナアニメ Vol.14 (洋泉社MOOK)
洋泉社 2009-10-10

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多根清史…金田伊功が教えてくれた「アニメを観る快感」史
日詰明嘉…アラサー世代の金田観
・【特別寄稿】沼田誠也
・金田伊功WORKS(作品年表)
今石洋之監督 金田イズムを語る(聞き手:ウエダハジメ、前田久
ウエダハジメ取材NOTE(イラストコラム)


『月刊Newtype』10月号 金田伊功 the Greatest Animator

B002MV4RIQ Newtype (ニュータイプ) 2009年 10月号 [雑誌]
角川書店 2009-09-10

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今石洋之(見開きカラーイラスト)
日詰明嘉+氷川竜介…金田伊功がアニメ史に刻んだ4つの仕事
・『金田伊功を送る会』(ミニレポート)
・アニメーター金田伊功の経歴
・もっと知りたい金田伊功(参考文献紹介)

2009年7月24日 金曜日

金田伊功は『BIRTH』の出来に満足していなかった はてなブックマーク

[分野: アニメーター|金田伊功] 文:bono (投稿日:2009-07-24)

 稀代のアニメーター・金田伊功氏が先日亡くなった。その偉業を称え、今こそ脚光を当てたいエピソードがある。多くのアニメファンが抱いている誤解を解き、黒歴史的OVA『バース』の闇を払拭する一助になればと思う。

090723 「彼の作画は好きだ。でも、金田伊功が全力投球したOVA『BIRTH』には付いていけなかった」と顔をしかめる方は多いと思う。だが、大丈夫。作った本人も、満足していなかったのだから…。

 ビデオソフト『BIRTH』の発売が1984年8月21日。その翌月、『アニメージュ』10月号(9月10日発売)には、早くも『BIRTH』を「失敗作」と認めたインタビューが掲載されている。
(←クリックで拡大)

当初、この作品は60分のビデオ作品だったが、金田作品なら映画館にもかけようじゃないか(※)。それには60分は短い。80分にしよう。ということで80分作品になったという。けれど、制作日程は諸問題があって、長くはならなかった。(略)。「間に合わない。どうしようということになって、結果として、ああいう形になっちゃったんです。」
(『アニメージュ』1984年10月号「点数でいえば、50点の出来」と金田伊功氏、オリジナルビデオ『バース』を自己採点)

 「アニメーターが自由に作った(から、失敗した)」と思われがちな『BIRTH』だが、実際は、くだらない事情で制作スケジュールは破綻、期日に完成させるだけで精一杯の作品であったことが分かる。

(※『BIRTH』はビデオ発売に先立ち、1984/7/21から2週間、渋谷パンテオンで単館上映された。『アニメージュポケットデータ2000』でも、「劇場作品」に分類されている。)

 参考までに、同月発売の他誌での評価。

会川昇「オリジナルビデオがあれでいいなんて思われると困っちゃう。」
中島紳介「そういった意味で、あれはあまり売れない方がいいですよ。」
(『アニメック』84年10月号「夏のアニメ映画座談会」)

 もしも、恵まれた環境で、金田伊功氏が真に全力投球して作りきったといえるOVAを残していたら、どんな出来映えだっただろうか…ふとそんなことを考えてしまう。

2008年6月25日 水曜日

アニメ誌の転機、初めての金田伊功特集 はてなブックマーク

[分野: アニメーター|金田伊功] 文:bono (投稿日:2008-06-25)

談話室オヤカタ:#153 廣田恵介さんがライターという仕事について語る→音源はこちらのバックナンバー参照
 アニメ評からグラビアポエムまで、仕事の幅が広い廣田恵介氏をゲストに迎え、「ライター」について語る回 後編。その中で、レギュラーの池田憲章氏が、金田伊功特集担当時のエピソードに触れていた。

 TVアニメ初期のスター・アニメーター金田伊功。『アニメージュ』1980年11月号において、メディアは初めて彼の特集を組んだ。ページ構成を担当したのは、池田憲章氏。カラー8ページにわたる特集で、マニアックかつ高密度だ。

 『アニメージュ』初代編集長の自伝『あの旗を撃て!』の寄稿にも、詳しい話が載っていますが、当時の池田氏は、アニメージュ編集部を横目で見ながら、特撮ムックの仕事をしていたそうです。それが、ある日、偶然、金田特集のうわさを耳にしたところから時代の転機が訪れる。

大塚康生、小松原一男、宮崎駿とアニメーターの作家特集が載るようになり、これならいずれ手伝えるかもしれない…と思っていたとき、『アニメージュ』編集部の方からとんでもないセリフが聞こえてきました。
「金田伊功ってアニメーターがいいらしいよ」
 ところが、聞いていると、編集部の誰も彼の仕事を知らず、見ていなかった。『アニメージュ』はファンの評判を聞くとすぐ特集を決め、そこから調べ始めて何にも知らない編集者が特集をまとめていくやり方が得意でした。これは週刊誌なら当たり前の記事の書き方で、専門家のコメントやファンの証言でまとめていく。『週刊アサヒ芸能』出身の編集者が多かったからでしょう。(『あの旗を撃て!』より)

 金田特集を組むことは決定している。でも、編集部の誰一人として金田作画を見たことが無い!そんな状況を不安に思い、声をかけたところから金田特集での抜擢に繋がり、部外者から一転、池田氏は80年代の『アニメージュ』に大きく関与していく。

 ここには、2つの転機が同時に含まれています。1つは、個性派アニメーターに初めてスポットが当たったアニメ誌の企画の転機。もう1つは、『週刊アサヒ芸能』(ヤクザ記事が売りのゴシップ誌)のスタッフを中核にスタートした『アニメージュ』に、アニメファン出身のライターが書きはじめた転機。

 アニメ・ジャーナリズムの歴史的な出来事を、生き証人の口から聴ける凄い機会です。普段聴かない方も、是非聴きましょう。

あの旗を撃て!―『アニメージュ』血風録
あの旗を撃て!―『アニメージュ』血風録 尾形 英夫

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2007年7月19日 木曜日

『よつばの。読書会3rd』参加レポート はてなブックマーク

[分野: 同人|同人活動|演出|庵野秀明|アニメーター|金田伊功] 文:bono (投稿日:2007-07-19)

070714.jpg 連休を利用して、二泊三日で上京。初日は、『よつばの。読書会3rd』に参加しました。
 同イベントには初参加。そもそも「読書会」という催し自体初体験なので、なにかと新鮮でした。同人関係のイベントとは思えないほど快適な環境(暑くも無く、寒くも無く)の中、自分のペースで、ひたすら読みたい本を選んで読む!大満足です。

 全体の様子。

(続きを読む)

2006年5月25日 木曜日

「オタク is Dead」関連メモ はてなブックマーク

[分野: オタク時事|アニメーター|金田伊功] 文:bono (投稿日:2006-05-25)

客観的に現象を読み解くための材料のメモ。(何か思いついたら適宜追加)
※「イベントレポート」ではないです(参加していません)。
※「まとめサイト」でもないです(笑)。


第1〜第3に世代を分けたがる風習
世代分けの無意味さ。下記は、25年前の雑誌記事。

(参考)『アニメージュ』81年2月号の記事“「大御所VS第3世代」座談会”

安彦(良和)「第3世代というのは、いつごろから始まった言い方なんでしょうかね。いかにも、最近、自明のことばのように使われているけど」
大塚(康生)「ぼくは今年50歳になるんです、いや来年だ(笑)。これは第1世代といわれてもしょうがないでしょうね。森康二さん、大工原章さんからぼくくらいまで、ひっくるめて第1世代ということになるんでしょうね。(略)。第2世代といえば、テレビ時代の夜明けにこの仕事に入って、いまテレビや映画の作品づくりを背負っている人たち。出崎(統)さん、宮崎(駿)さん、小田部(羊一)さんとか、りん(たろう)さん、もう、みんな40前後に近づいている」
安彦「そうするとぼくは…」
大塚「第3世代ということになるでしょうね。もしそういう分け方をするなら」
友永(和秀)「ぼくははじめて聞いたなあ」
金田(伊功)「なんか、恐ろしい感じ」
安彦「最近、よく聞くんです」
友永「スゴイなあと思って。もしかするとオレたちのことかなあと思って…(笑)」

↑今や全く聞かない(笑)。そして繰り返される「もしかするとオレたちのことかなあ」の歴史。

「第X世代」という単語に接するとき、「分類の定義が正しいか否か」に着目すると話がずれる。重要なのは、「論者が世代を分けたがっている」という事実。それを踏まえて、「どのように分けたがっているのか」という論者の願望に注目すべき。
「この分類によると、僕は第X世代だ!」なんて一喜一憂には意味が無い。「動物占い」並に。


はてなアンテナ被登録数DATA(2006年5月25日現在)
ウェブにおける「影響力の逆転」を示す一材料。

【岡田斗司夫氏本人のサイト】
岡田斗司夫のプチクリ日記を含むアンテナ (313)
OTAKING SPACE PORTを含むアンテナ (182)(公式サイトTOP)

【岡田氏に近いオタク系ライター】
裏モノ日記を含むアンテナ (624) (唐沢俊一氏の日記)
原えりすんの電気オタク商品研究所を含むアンテナ (157)

【岡田氏から遠いオタク系ライター】
たけくまメモを含むアンテナ (1649) (→過去のトラブル)
kajougenron : hiroki azuma blogを含むアンテナ (974)(東浩紀氏の日記)
伊藤剛のトカトントニズムを含むアンテナ (393) (→過去のトラブル)

※近い・遠いは僕の主観です。


イデオロギーの葬式
(参考)内田樹の研究室: 政治を弔うということ

ある政治的運動の歴史的な価値は、祝祭的な場面における動員数や、そこで破壊されたものの規模によってではなく、「非祝祭的後退戦」を黙々と担う「弔い役」の仕事のていねいさによって決まるのである。
(略)
日本軍国主義やロシア・マルクス主義がまったく利用価値のないイデオロギーであるのは、そのイデオロギーそのものの内部的な瑕疵ではないし、そのイデオロギーの名において構築されたり破壊されたりしたものが微々たるものだったからでもない。
そうではなくて、そのイデオロギーが「落ち目」になったとき、身銭を切って「弔い」を出す人間が一人もいなかったから、それらのイデオロギーは政治的価値を失ったのである。

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